豊かな自然が育んだ「郡上クラシックポーク」

株式会社郡上明宝牧場

郡上クラシックポークの誕生

第一章 はじまり

現代日本では、美味しい物は当たり前との風潮が広まる中、食に対しての安心と安全が強く求められる現在、生産者の顔が見え、より安心・安全な豚肉を食卓へお届けしたいと言う思いで、「郡上クラシックポーク」の生産プロジェクトが始まりました。
愛知・岐阜・三重・長野等、近隣の県を回り奔走しました。しかし、希望に叶う農場にはなかなかめぐり逢う事ができず、諦めかけていた時、岐阜県郡上に建屋は古いが条件次第で私の理想の豚肉が生産出来そうな農家があるとの連絡を受けました。それは飛騨高山の市場に行く途中の、郡上のせせらぎ街道沿いの農場でした。こんな山の中に豚を育てている農場が有るとは全く知りませんでした。農場の持ち主の畑佐敏夫氏(当時83歳)に面会、畑佐氏はめぐみの農協参事を歴任され、畜産に貢献した立派な経歴の持ち主でした。その方がぼそっと「一生懸命やったが、わしのこの年では・・・、息子たちや働く村のもんを頼む」と子供や従業員の事を第一に考え、生産者としての想いを熱く語られた事を今でも覚えています。そしてその瞬間、今まで感じた事のない 何とも言えない不思議な気持ちになり、私は会社に戻り、会長にこの話をしたところ、「豚飼いはな(養豚事業)・・・」しばしの沈黙の後「大丈夫か?」と、何時もは前向きの会長が一言、私は事の重大さに気がつく瞬間でした。「今なら止められる」そう脳裏に浮かびましたが、昼間会った畑佐氏の顔が浮かびました。ただ、不思議と今回負ける気がしませんでした。それは、今考えるとその時働いている人達に失望感や喪失感が無く、生き物を飼うと言う前向きな気持が、そう印象づけたと思います。これなら行ける、「迷惑かけんで」と会長を説得して、新たに会社を興しました。それが、「郡上クラシックポークの始まり」です。